従業員含めて家族のような会社

福島県いわき市にある老舗の練り製品工場「岩下商店」。創業は昭和40年、3代目となる鈴木享二社長の奥様の祖父母が始めました。鈴木社長が事業に加わったのは、先代が病気で亡くなった後のことです。30代前半で社長に就任した当時、経営は厳しく、従業員も数人という状況でした。

従業員も、もう家族みたいなものですね。

他の事業者と同じで、岩下商店も震災を乗り越え、一つずつ、できることを積み重ねてきました。現在、岩下商店には40人弱の従業員が働いています。工場では鈴木社長の奥様やお子さんたちも一緒に働き、現場の中心にいます。娘さん主導でHACCPを取得した工場内は、整理整頓が行き届き、どこを見ても清潔で明るい空間です。作業の合間には、大きな声での挨拶が自然に飛び交います。

10人以上いるインドネシアからの技能実習生とも距離が近く、生活の相談に乗ったり、日本の文化を伝えたりすることも日常の一部になっています。いつの間にか実習生たちは、鈴木社長の奥様のことを「お母さん」と呼ぶようになりました。誰かが日本の歴史に興味を持ったと聞けば、社長自ら仙台城跡へ連れて行く。その姿は、工場というよりも大家族のようでした。

岩下商店の名前がついた商品、踏み出した一歩

岩下商店が長年つくってきた練り物は、学校給食やお弁当向けなど、問屋を通した業務用商品が中心でした。そこで求められるのは、何よりも安心できる品質と安定供給、そして価格です。派手さはなくても、毎日変わらず使ってもらえる商品をつくる。その積み重ねで信頼を築いてきました。

作ったものの反応が、顔の見える形で返ってくる。

数年前、岩下商店は新たな挑戦としてスーパーでの販売を始めます。自社の商品が店頭に並び、「岩下商店」という名前が一般の消費者の目に触れるようになりました。「商品を見たよ」「おいしかったよ」。そんな言葉を、近所の人や知人から直接かけられるようになったといいます。これまで数字や発注量でしか実感できなかった反応が、顔の見える形で返ってくるようになりました。

卸中心の仕事では、誰が食べているのかを想像することは難しい。けれどスーパーでの販売は、食卓との距離を一気に縮めました。「今日はどんな人が手に取ってくれたんだろう」。そう考えながら商品をつくるようになったことが、現場の意識にも変化をもたらしました。

さつま揚げで、福島を伝えたい

消費者に近づいたことで、使う原材料への意識も自然と変わっていきました。鈴木社長が何より大切にしているのは、「おいしいものをつくるには、まず原材料」。福島の海でとれた魚介類を、できるだけ使うようになりました。地元産にこだわることで、鮮度とおいしさの両方を追求できます。

今回販売する商品にも、福島県産のタコやあおさ、数年前までは未利用魚とされていたカナガシラなどが使われています。あおさは相馬市松川浦の名産ですが、生産量はまだ震災前の半分ほどしか戻っていないといいます。それでも、「早く震災前に戻ってほしい」という願いを込めて、あえて使い続けています。さつま揚げは、特別な料理ではありません。日々の食卓に並ぶ、身近な存在です。だからこそ、その一枚を通して福島の海や現状を伝えたい。鈴木社長はそう考えています。

福島県人として、福島県産の良さを伝えていきたいんです。

家族と従業員が一丸となり、日々手を動かし続ける岩下商店。そのさつま揚げは、福島の今と、これからをそっと食卓へ届けています。