青森のうにとあわびの専門店
青森県三戸郡階上町。太平洋に面したこの町で、うに・あわび・海藻の加工を手がけてきたのが、マルタマ横道商店です。創業は昭和50年前後。現在代表を務める横道広一さんの両親が、漁港の目の前に工場を構え、「うにとあわびの専門店」として商いを始めました。横道さんが2代目として事業を継いだのは27歳の頃。創業当初から変わらず、扱うのはウニとアワビ。この二つに真正面から向き合い続けてきました。
迷っている場合じゃなかった。
かつての工場は、海水を直接引き込める浜のすぐそばにありました。活きたアワビをそのまま加工できる、今振り返ると稀少な環境です。しかし東日本大震災で、その工場は8メートルの津波を受けました。建物は壊れ、中は泥だらけ。それでも、浜の水槽にはまだ生きているアワビがいました。停電でポンプが止まり、酸素が送れない。従業員総出で竹の棒を使い、水をかき混ぜて酸素を送り続けたといいます。
地域の人たちが泥出しを手伝い、1週間ほどで仕事を再開。その後、再び同じリスクを背負うわけにはいかないと判断し、震災から3〜4年後に内陸へ工場を移転しました。
海水がない場所で、海の仕事を続ける
新しい工場は、津波の心配が少ない団地の一角にあります。けれど、そこには海水がありません。ウニやアワビの加工には、洗い、身を締める工程で海水が欠かせません。横道さんたちは、人工海水を作る設備を一から整えました。
設備投資は一度にできるものではなく、少しずつ、慎重に進めてきました。かつて一度、設備ごと流されてしまった経験があるからこそです。
横道さんが何より大切にしているのは<商品力>。
営業で売り込まなくても、商品が良ければお客さんが広めてくれる。そう信じて、加工の温度、熟成のタイミング、扱う浜と時期を細かく見極めてきました。ウニは浜によって色も身入りも違う。早すぎれば甘みが足りず、遅ければ品質が落ちる。そこを判断するのは、数字ではなく経験です。
商品が良ければ、お客さんが宣伝してくれますから。
干しアワビや干しナマコも、そうした判断の積み重ねの中で生まれました。生での流通では、漢方向けの乾燥業者に価格で太刀打ちできない。ならば自分たちも乾燥をやるしかない。ボイルの仕方、干し方、情報は一度に教えてもらえず、ある人から一つ、別の人から一つと、パズルのように組み上げて技術を確立するまでに10年近くかかりました。
親子三代、次につなぐ
マルタマ横道商店の看板商品である「いちご煮」も、もともとは商品として生まれたものではありませんでした。地域の冠婚葬祭で振る舞われてきた、特別なお吸い物。ウニとアワビから出る白濁した出汁をベースに、白だしと酒、塩だけでさっと煮る。余計なことはせず、素材の旨みをそのまま味わう料理です。特別な日に作られていた料理が、いまは缶詰という形で次の世代へ手渡されています。
そうした“土地の味”を支えているのが、現場で手を動かす人たちです。工場では、30年以上勤める従業員も珍しくありません。ウニの処理は特に手作業が多く、小さなザルに身を取り出し、ピンセットで内臓を取り除く。入荷量が多い日には、処理しきれるのか不安になることもあります。それでも、全員で乗り切った日の達成感は何ものにも代えがたいといいます。
自分たちでコントロールできることも増やしていく。
横道さんの息子さんたちも、かつて工場があった海沿いの浜で育ちました。小学校は海のすぐそばにあり、終業式を浜で行ったり、年に何度もふのり採りをしたり。工場の前の浜は、遊び場でもあり、学びの場でもありました。
現在は親子三代で仕事を続けながら、ウニの陸上養殖にも挑戦しています。海任せにしない安定供給を目指した実験です。
いちご煮、ウニの瓶詰め、アワビの缶詰、ホタテのギフト商品。どれも派手さはありませんが、海と向き合い続けてきた時間が詰まっています。マルタマ横道商店は今日も、静かな情熱で、海の恵みを次の世代へつないでいます。
