幼い日の記憶

宮城県牡鹿郡女川町に本社・加工場を構える片倉商店は、うに・あわび・なまこの自社潜水漁、牡蠣・ほやの自社養殖、それらを原料とした加工販売、小売・飲食と、事業は多岐にわたります。女川の海は、豊かな森林からミネラル豊富な栄養分が注ぐため多くの植物性プランクトンが生息し、魚介類にとって最高の環境。また、三陸沖の漁場は親潮と黒潮がぶつかり合う世界三大漁場のひとつです。女川の海とともに、片倉商店の歴史があります。

父が水中で私の釣り針に魚をかけてくれてね。

代表取締役の片倉勝美さんは、潜水士だった父親の漁に早起きしてついていくような子どもで、小さい頃から海が好きでした。「父親が海に潜って、私は従業員さんと一緒に船の上で釣り糸を垂らして待っているんです。」お父さんは息子の垂らす釣り針に魚をつけてくれて、釣り上げる楽しさを教えてくれたのです。「まだ覚えてますよ。」と話す片倉さんの表情はとっても穏やかで、お父さんとの思い出が今につながる原点であることがわかります。

好きだからもっとおいしく、良いものを

水産業の未来を不安視した父親の勧めで別の仕事に就いていた片倉さんは、30代半ばに潜水士の資格を取ります。お父さんの病気がわかり、先のことを考えたときにやはり自分も好きだった海の仕事をしたい、潜水士として漁に出ることを決めたのでした。

宇宙遊泳しているような感覚ですよ。

海に潜っているときは、とっても気持ちがいいのだそう。冬の寒さは厳しいけれど、水がきれいなあたりにはいろいろな生き物がいて美しい。そう語る片倉さんは、幼い頃の思い出を語ってくれたときと同じ表情です。

うちのはおいしいです。そのための努力をしているから。

潜水士として漁に出ながら、少しずつ加工や飲食など事業の幅を広げていった片倉さん。お好きな海産物を尋ねてみると、取り扱う水産物すべてとのこと。「好きだから毎日食べるし、好きだからさらにおいしくするにはどうすべきかを考えられるんじゃないかな。」

経営者と研究者

片倉水産では東日本大震災後から欧米の手法を取り入れた新しい牡蠣の養殖事業に取り組んできました。片倉さんの弟さんが現地視察と研究を重ね、ようやっと確立できた「女川オイスターファーム」。縦に吊るすのではなく、バスケットに入れて育てる牡蠣は、殻に深さができるので身が厚く、貝柱もしっかりと大きい。ゆえに保存性も高く海外輸出もできます。

喧嘩もたくさんしましたよ、しないとやってられませんもん。

経営者として数字で語る片倉さんに対して、海産物を見つめ研究者として語る弟さん。互いをリスペクトしつつも、やはり兄弟。揉めながらやってきたと笑います。その弟さんを亡くし、片倉さんが今目指すのは、この女川の海で新しい養殖技術を広めて、水産資源の減少や人材不足など課題の多い女川の水産業を支えたい。「それが弟の夢でしたから。」海風に吹かれながらさらりとおっしゃる片倉さん。父と弟との約束を果たせる日も遠くなさそうです。