魚屋は魚を集めて売るのが仕事

岩手県釜石市。平庄株式会社は、本社と工場、そして冷蔵庫を構え、三陸の水産を支え20年あまり続く水産加工会社です。代表の平野隆司さんは、父親が組合長を務めていた組合の仕事を引き継ぐかたちで、20代後半に会社を設立しました。やがて平野さんは、水産加工だけでなく、輸出を手がけるようになります。鯖をアフリカに輸出するなど、原料をそのまま冷凍し海外向けに販売するようになると事業は拡大していきました。

魚屋は魚を集めて売るのが仕事。
でも、前浜だけではもう成り立たない。

震災では工場が全壊しました。補助金を活用し、復旧と同時に工場を拡張し、新たな体制で再スタートを切ります。しかし、平野さんが「本当の打撃」と語るのは、震災そのものよりも、近年続く水産資源の激減です。昔は前浜で揚がる魚だけを扱っていました。かつて20万トン以上あったサンマの水揚げ量は、現在数万トン、時には2万トン台まで落ち込んでいます。

今では北海道、日本海、青森など、日本各地から魚を集めて加工・販売する体制に変わっています。「昔はいろんな魚が揚がっていました。でも今は、その時期に獲れる魚が一種類。それをみんなで取り合っている状態です。」近年の資源減少に頭を悩ませています。

天然が減るなら、計画できる魚を育てる

天然魚の不安定さが増す中で、平庄が新たに力を入れているのが養殖事業です。釜石湾での銀鮭、そして特に難しいとされるサクラマスの養殖に挑戦してきました。岩手大学や地元事業者と連携し、生産性と品質の両立を実現。これにより、これまで仕事が薄かった6〜7月の稼働が安定し、春の仕事量が大きく変わりました。

養殖の強みは「計画できること」。

天然魚のように「今日20トン持ってこい」は無理でも、養殖なら出荷調整ができます。
今年はサクラマスを回転寿司チェーン「スシロー」向けに約50トン出荷しました。鮮度確認のため、頭と内臓を残す「セミドレス」での出荷が求められ、すべて手作業。夜中までかかる過酷な現場でしたが、欠品は許されません。

正直、めちゃくちゃ大変でした。
でも本物のサクラマスを出したかったんです。

現在は、釜石の銀鮭「銀帝(シルバーエンペラー)」や、サクラマスを使った“本物のマス寿司”の商品開発にも力を入れています。富山のマス寿司を研究し、あえてトラウトではなくサクラマスを使う。酢の加減を調整し、生に近い食感とサクラマス本来の味を残す。調味料もすべて釜石産にこだわっています。

港と船と人をつなぎ、釜石を守る仕事

平庄は単なる加工会社ではありません。三陸特有の「外来船問屋」としての役割も担っています。他県から来る漁船を受け入れ、水揚げの手配だけでなく、船員の食料調達、病人の病院送迎、船の修理、レンタカーの手配まで行う。漁船とはLINEでつながり、漁獲情報をリアルタイムで共有しています。

魚が多い時だけでなく、魚がない時には怒られることもある。それでも関係を切らず、向き合い続ける。漁師が港に滞在すれば、15〜20人分の宿泊、食事、移動が発生し、街全体が動きます。市場も、飲食店も、街も潤う。その循環を守るのも、平庄の仕事です。

魚を扱う仕事は、港と街を一緒に守る仕事だと思っています。

魚がない不安は、今も消えません。国内消費を増やしたいという思いもあります。それでも平野さんは、悲観せず、過剰に抗わず、できることに挑み続けています。
海の環境は周期的に変わる。また獲れる時代が来るかもしれない。
その可能性を信じながら、今日も釜石の未来をつなぎ続けています。