前浜の魚を、ひとりひとりの食卓へ
福島県いわき市で25年にわたり水産加工業を営む有限会社海幸。ホテルやレストラン、学校給食、高齢者施設など、卸先は多岐にわたります。海幸の仕事は、魚を大量に処理することではありません。「誰が、どう食べるか」を起点に、魚のかたちを変えていく仕事です。
高齢者施設向けにはすり身にして食べやすく成形する。学校向けには骨を丁寧に取り除く。一方で、食育の一環として「あえて骨を残してほしい」と頼まれることもあります。用途や年齢、食べる人によって、同じ魚でも求められる姿はまったく違う。その一つひとつに応えてきました。
魚って、同じ形で出せばいいわけじゃないんですよね。
そう話す代表取締役の高萩則夫さん。
いわきの前浜は、サバやヤナギカレイなど魚種が豊富ですが、なかでも“福島の魚”として知られているのがメヒカリです。底曳き網漁で獲れる深海魚で、目が光って見えることから「目光(メヒカリ)」と呼ばれています。常磐沖のメヒカリは脂のりがよく、白身の旨みが強い。骨まで食べられるほど柔らかいのも、この海ならではの特徴です。
「おかわりはジャンケン」になる給食
調理の手間や臭い、骨の問題などから、家庭の食卓で魚料理が減ってきた昨今。その流れを反映するように、唐揚げやフライ用に半加工された商品のニーズは年々高まっています。いわき市内の小・中学校の給食で提供されている「カジキカツ」は、その象徴ともいえる存在です。
カジキカツは、子どもたちが“おかわりをジャンケンで争う”ほどの人気メニュー。その理由は、味だけではありません。原料となるカジキは、福島県立小名浜海星高等学校水産科の生徒たちが、練習船「福島丸」に乗ってハワイ沖で漁獲してきたものです。
海幸では、そのカジキを買い取り、半加工して学校給食へ卸します。給食として提供される日には、水産科の高校生たちと一緒に小・中学校を訪れ、「獲る」「加工する」「食べる」までの流れを子どもたちに伝えます。
自分たちが獲った魚を、誰がどう食べるかを知るのは大事だと思うんです。
魚を食べるという行為の裏側にある仕事や人の存在を、体験として届ける。海幸は加工業であると同時に、いわきならではの食育の現場を支えています。
揚げたての向こうで、時間がつながる
地域の人との距離が近いのも、海幸の特徴です。子どもたちに人気のカジキカツを「自分も食べてみたい」という保護者の声に応え、小名浜で開催されるイベントに出店し、工場のスタッフ自らが揚げたてを販売しています。
人が食べるものを作ってるなら、人と向き合わないとね。
第一営業部部長の遠藤浩庸さんの言葉です。
高校生が獲ったカジキでカツを作り始めてから、約10年。かつて小学生だった子が大学生になり、イベントに足を運んで「懐かしい」と声をかけてくれることもあります。
さらに、水産科の練習船に乗っていた高校生が、卒業後に海幸へ入社し、今度は後輩たちが獲ってきたカジキを加工する側になっている——そんな場面に立ち会うことも少なくありません。
魚を通して、人と人がつながり、時間が重なっていく。
有限会社海幸はこれからも、前浜の魚とともに、食べる文化と地域の記憶を静かに支え続けていきます。
