港と店を、行き来する人

北茨城にある海鮮料理店「太信(だいしん)」の料理長であり、水産加工を行う株式会社まえけんの代表でもある前田賢一さん。待ち合わせをしたのは、店からほど近い大津港でした。前田さんはもともと、父親が始めた飲食店を継ぐため、東京などで10年ほど修行を積んだ料理人です。北茨城に戻ってきた当初は、豊洲から業者が運んでくる魚を仕入れていました。

ところが数年前、市場に通い始めて驚きます。大津港には、想像以上に多様な魚が水揚げされていたのです。ヒラメ、メヒカリ、ホウボウ、イシモチ──。それまで「知らなかった魚」が、すぐそばの港にあった。前田さんは半年ほど市場に通い続け、競りに参加するようになります。

『地元の魚を多く使って、港を活性化してほしい』
と声をかけてもらえたんです。

漁師とも、消費者とも距離が近い立場だからこそ見えた景色でした。

自分が競りで買った魚だから、責任はすべて自分にあります。

北茨城のお土産を、自分たちの手で

地元の魚を店で出すようになってから、客席の空気は明らかに変わりました。
漁師の顔写真付きのPOPを置き、「今日一番良かったヒラメです」と前田さん自身が説明して提供する。すると、お客さんの反応が変わり、自然と来店客も増えていきました。そんな前田さんが、水産加工に踏み出すきっかけとなったのは、北茨城のサービスエリアで目にした光景でした。並んでいるのは近隣の福島産の商品や、茨城を代表する納豆ばかり。

北茨城といえば、アンコウでしょう。

魚は常温保存が難しい。どうすれば北茨城らしい魚のお土産をつくれるのか。考え続けた末にたどり着いたのが「真空フライ製法」でした。たまたま目にしたかぼちゃチップスの裏に書かれていた製法名を頼りに、実施している会社へ直接連絡。アンコウで試作した商品は、フライでは出せないパリパリとした食感がありました。

これならいける。

そう確信し、前田さんは会社を立ち上げ、水産加工を本格的に始めます。

魚で、宝箱をつくりたい

現在前田さんが取り組んでいる新商品が、旬の地魚を使った「パック寿司」です。その時々で水揚げされる魚に合わせ、味付けや組み合わせを変えながら、宝箱のように詰め合わせていきます。メヒカリの刺身、ホウボウ、イシモチ、未利用魚──。普段なかなか口にする機会のない魚も、あえて積極的に入れていく予定です。大津港で初めて多様な魚を目にしたときの衝撃を、そのまま誰かに届けたい。「こんな魚があるんだ」と驚き、楽しんでもらいたい。その思いが、商品づくりの原点にあります。

魚で、宝箱をつくりたいんです。

食は、記憶に残ります。前田さんが特に喜んでほしいのは、子どもたちです。店に生け簀を置いているのも、子どもたちが興味を持ってくれるから。魚嫌いだった子が、新鮮な魚を食べて好きになった。そんな話を聞くたびに、続けてきて良かったと思うそうです。

次の子どもたちのために

前田さんの店は、週末になると開店前から行列ができるほどの人気店になります。これまで大津港を知らなかった人たちが、「太信」を目当てに北茨城を訪れるようにもなっています。そんな光景を見て、前田さんの父親が「地魚の力はすごいな」と喜んでいた姿が、今も忘れられないといいます。

自分もまだ10年はバリバリやれます。

前田さんの夢は、いま「大津港水揚げの魚」と呼ばれているものが、「北茨城であがった魚だからこそおいしい」と言われる存在になること。魚をきっかけに、北茨城という土地そのものに興味を持ってもらうことです。
最後に、前田さんは笑顔でこう話してくれました。

漁師と食卓をつなぐ。
その間に立つ人がいることで、港は少しずつ、未来へとつながっていきます。