牡蠣の海の目の前で

宮城県石巻市、牡鹿半島の付け根に位置する静かな内海・万石浦。三陸リアス海岸特有の、ギリギリまで迫る山の養分が四方から流れ込み、豊かな恵みに満たされます。とりわけ、浦ならではの潮の干満差を利用して強く育てられた牡蠣は有名です。

三養水産株式会社は万石浦に面して工場と社屋を持つ、水産加工会社。生・冷凍の牡蠣、フライや練り製品などの加工品を、主に業務用として飲食店や商社等に提供しています。中でも半分だけ殻をむいた「冷凍ハーフシェル牡蠣」は、豪華さと簡便さを併せ持つ人気商品です。社屋を訪ねると、がっしりした体格の辻尚広社長が少年のような笑顔で招き入れてくれました。

先週タイから戻ってきたばかりでね。

海外需要を見込んで十数年前から取り組んできた輸出事業が、ここ数年ようやく実を結び順調に推移。現在は東南アジア各国へ商品を届けています。

垂下式養殖法発祥の地、石巻

三養水産を創業したのは辻さんの祖父です。祖父は種ガキ(牡蠣の種苗)の輸出で事業を育て、跡を継いだ父は加工業に転換して先駆的な冷凍技術により宮城の牡蠣を全国へ知らしめました。会社勤めをしていた辻さんが家業に入ったのは25歳のとき。

最初は継ぐつもりもなかったけど、
家のルーツを調べたらすごいことが分かったんですよ。

三養水産の前身である「國際養蠣」の創設者は宮城新昌(しんしょう)といい、昭和初期に海外から日本へ牡蠣養殖技術を持ち込んだ人物でした。宮城氏は沖縄生まれですが、海外で牡蠣養殖を学んで帰国すると全国を回って適地を求め、最終的に石巻の万石浦にたどりついたのです。このとき確立された方法が、現在主流となっている「垂下式養殖法」。そして宮城氏とともに石巻の牡蠣養殖の発展に尽力したのが辻さんの祖父でした。

二人は、日本中に丈夫でおいしい牡蠣が広まることを願ってオリジナル技術をオープンにし、牡蠣産業に貢献。さらに祖父の妻、つまり辻さんの祖母は宮城氏のいとこであることも分かりました。「熱いストーリーで、驚きました。新昌さんは『世界の牡蠣王』ともいわれる存在。絶対に石巻の、万石浦の牡蠣をなくしてはならない、俺がやらねばと奮い立ちました」。しかし、ふたを開けてみると経営状況は大変厳しく、目の前に伸びるのはいばらの道。辻さんは業務をすべて洗い出して検証、整理し、経理を抜本的に見直しました。父の時代はほとんどがOEMや下請けの業務でしたが、年月をかけて自社製品製造への転換を図りました。

下請けから自社製品製造へ大転換

父が築いた土台のおかげ。

下請けからの脱却は容易ではありませんでした。成し遂げられたのは高い技術力と豊かな発想、確かな仕事が生む信頼の力です。辻さんは「父の代にありとあらゆる要望に対応してきたおかげで、技術力は相当磨かれた。機械や道具も種類豊富にある。」と感謝します。

現在の販売先は飲食店や商社が主ですが、今後は百貨店等を通して消費者に直接届ける販路を強化する計画。「殻付き牡蠣や牡蠣加工品は全国でつくっている。おいしさの追求にブランディングをプラスして生き残っていきたい」と意気込みます。規格外の食材の活用によりフードロス削減にも貢献できる商品として、牡蠣パウダー入りのスナック系なども開発中。「新昌さんがいなければ今の私たちは、なかった。牡蠣産地として見つけてもらった石巻、万石浦の名を大事に受け継いでいきます」。海がよく似合う大きな体で、力強く話してくれました。